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<クランクアップをむかえました>

 11月17日、東京高田馬場にある東京製菓学校での学生たちの授業風景の撮影で、映画「エクレール・お菓子放浪記」はクランクアップをむかえました。
 この最後の場所に菓子職人の道を歩もうとする東京製菓学校の若者たちは、真剣なまなざしで私たちの期待に見事に応えてくれたのでした。
 企画から数えるなら三年の時間が経過していました。
 長いようでいて、それでもあっという間に過ぎ去った3年でした。
 この間には、企画を断念せざるをえない困難もありましたが、その都度、全国の、この作品を支えてくださる方々の手に支えられながら、粘り強く続けてきた3年間でありました。
 気がつけば撮影も終了し、いよいよ完成も真近、多くの方々の夢を乗せたこの事業は、制作段階から、いよいよ上映成功へと、バトンが渡されたのです。
 どうぞ、私たちの夢にあなたの手をつないで下さい。
 支え合う人の心のやさしさが、いつかは全国隅々まで拡がり、国の未来をひらく大きな力に育つことを信じて・・・。
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<宮城ロケ無事終了しました>

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10月11日にクランクイン以降、続けられて来ていた宮城ロケが、11月5日、当初の予定を1日繰り上げて無事終了しました。

この作品にとって宮城県はメインロケ地。

撮影場所は、石巻市、登米市、大崎市、富谷町、村田町と、県内3市2町におよびましたが、行く先々で差しのべられた住民の方々の暖かい心に支えられながらの無事終了となったのでした。

各地で出演を引き受けて下さった方々。
心を込めて昼食の炊き出しをふるまって下さった方々。
そして、快くロケ場所をご提供いただいた方々。

本当にお世話になりました。

長かった様で、あっと云う間に過ぎ去った撮影でしたが、県内各所に“皆でつくりあげた皆の映画”こんな思いも拡げながら駆け抜けた映画製作でありました。

いよいよエンドシーンの北海道ロケを残すのみ。

映画完成へのバトンは宮城から北海道砂川市に渡されたのです。

砂川の皆様、宜しくお願い致します。

<クライマックスシーン>

この作品の最大のクライマックスシーンは、戦後上野公園で行われた歌合戦の舞台で、主人公のアキオが死んだと思っていた陽子先生と巡り合うシーンでした。
 あの夏の酷暑はどこへやら、木の葉も色づき始め、もはや晩秋を思わせる風が吹きぬける石巻市日和山公園で、日の出を待ってこのシーンの撮影は行われたのでした。
 演じる役者さんの集中力を高めてこのシーンの撮影にのぞむべく、あえて早朝の時間帯を狙っての撮影となりました。
 歌合戦の舞台の上で「お菓子と娘」を歌い終えたアキオの目に、広島の原爆で命を失ったと思っていた、あのあこがれの陽子先生が現れたのでした。
 見つめ合う二人の目には涙があふれ・・・。
 そして、何とカメラのファインダーをのぞいていたカメラマンの目も涙で曇ったのでした。
 素晴らしいシーンが撮れたとご機嫌の監督の言葉に、この作品の大成功を確信させられたのでした。
 乞うご期待を! 
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<フサノバアさん>

いしだあゆみさん扮する野田フサノ役は、この作品のもう一つの鍵ともなる重要な役でした。

企画の段階から監督はフサノ役に惚れ込み、当初からいしだあゆみさんをイメージしてこの役に当てながら、シナリオを進めてきたのでした。

いよいよキャスティングの時となり、ダメを承知でいしださんのマネージャーさんにお会いしたのは昨年の春のことでした。

何せ、いしださんは当代一流の女優さん。果して私達の話をお聞き届けいただけるものか、不安な思いでいっぱいでしたが、幸いに、まことに幸いにも、いしださんは私達が語るこの作品の夢とフサノ役に惚れて下さり、ご出演をご快諾いただいたのでした。

10月22日、23日は、この作品のクライマックスシーン。上野の山で行われた歌合戦のシーンでした。

金だけが全ての価値と信じて疑わなかった強欲バアさんが、舞台で精いっぱいの思いで「お菓子と娘」を歌うアキオの姿に感動し、いつの間にかその頬には涙が・・・。
強欲バアさんがその中に眠っていた人間性を回復する。
これもこの作品の象徴的な一シーンでありました。この困難なフサノバアさん像を、いしださんは見事なベテランの演技で応えて下さったのでした。

スクリーンに写し出されるベテランの技にご期待を!IMGP4552.jpg

<10月30日富谷町は豪雨でした>

 台風の襲来で心配された天気も何とか持ちこたえ、10月30日の富谷ロケは無事行われました。
 この日の撮影は戦後の焼け跡でアキオが、あのホワイトサタンが傷痍軍人となり、街頭で物乞いする姿に巡り合うシーンでした。
 あの強烈な軍国主義者ホワイトサタンが皮肉なことに戦争で腕を失い、哀れな姿となってアキオの前にその姿を現すのです。
 戦争のおろかさ、悲しさを表現するこのシーンは、しのつくような雨が降り続ける設定となっていました。
 この撮影に応えるため登場したのが富谷町消防団の皆々様、凛々しい隊服に身をつつんだ団員の方々は、放水車を伴なってこのシーンの撮影に参加してくれたのです。
 曇り空ながらも何とかもっていた富谷町の一角は、時ならぬ豪雨にみまわれることになったのでした。
 たちまちのうちに用意された11tの水が放水を終えた時、監督のOKの声がロケ現場に響いたのでした。
 戦争のおろかさを語る素晴らしいシーンが撮れたようです。
 富谷町消防団の皆様、本当に有難うございます。

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<体育会系三人組>

「エクレール・お菓子放浪記」には多くの役者さんのご協力も得て、なかなかユニークなキャスティングが実現しましたが、中でも異彩を放っているのが体育会系三人組。
元K-1チャンピオンのニコラス・ペタスさん、元読売巨人軍 駒田徳広さん、そして現役プロレスラー新崎人生さん、このお三方がその人たちです。
仙台の裏のキャスティングプロデューサーY女史のお計らいで実現したキャスティングでした。
 何せ、各スポーツ界で一代をなした面々、その素晴らしいお体だけでも充分にその役をこなす迫力でありました。
 ニコラス・ペタスさんは、戦後の焼け跡に登場するGI役、その大きな体にしがみつく娼婦たちの姿に、思わず悲しい敗戦国だった日本を自覚させられたのは、私だけではなかった様です。
 駒田さんと新崎さんに演じていただいたのは、アキオが行くことになった感化院の恐い指導員の役。
 とにかく巨大なお姿の駒田さん、どうしてもやさしそうに見えてしまうそのお顔をカバーして、そのお姿だけで充分にお役をこなしていただきました。
 それに反して新崎さんのお姿は・・・。
 厚い胸板とあたかも修行僧を思わせるような風貌は迫力満点のものでもありました。
 でも、新崎さん、本当はとてもやさしいお心の方ですので・・・。
 スタッフとキャストが心を一つに集めながら“支えあう人の心のやさしさ”を願うこの作品の撮影は完成に向けて順調に進められているのです。
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<ああ・・・大和劇場>

「エクレール・お菓子放浪記」は云ってみれば時代劇。
 今はほとんどが失われてしまった昭和の情景をスクリーンの中に再現しなければなりません。
 その仕事を担うのが「美術」のスタッフ。201010171224000.jpg<
 スクリーンの隅々にまで心を配った見事な時代の再現で、今回の美術スタッフはこの仕事をやり遂げてくれたのでした。
 中でも今作の中での美術のハイライトは宮城県富谷町につくられた戦後の焼け跡のオープンセットでした。 
 ロケハンで監督が偶然見つけた醤油工場の跡のたたずまいに、監督はその場で涙を流したと云います。
 ここに美術スタッフがはいって戦後の焼け跡のセットが再現されたのでした。
 中でも特筆されるのは「大和劇場」主人公アキオが戦中に働く思い出の映画館です。
 時代物を思わせる“汚し”も見事な大和劇場がオープンセットの中に再現され、ここでのいくつかのシーンが撮影され見学者の感動を呼んでいたのですが、その後、この大和劇場は東京大空襲で焼け落ちる運命。
 素晴らしい映画館は一転、美術スタッフの見事な技で見るも無残な焼け跡となったのでした。
 スクリーンに映し出される美術スタッフの腕にご期待を!
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<夢よ全国へ!大交流会>

製作スタッフの心がけが良かったのか、幸い天候にも恵まれ撮影も順調に進み、その半ばをむかえた10月24日、この作品を支援する全国の方々を石巻にお迎えし、スタッフ・キャストとの交流会が開かれました。
 この交流会には、石巻市長、富谷町長はじめ、製作を支えた多くの地元の方々や出演された方々、又、東京からは全日本菓子協会の専務理事、全国和菓子協会の専務理事、全日本菓子工業組合連合会の広報課長など、ご支援の菓子業界の皆様、そして完成以降
この作品を全国に配給する配給各社の皆さん・・・、会場を一杯にうめた180名の熱気は、運動成功への願いを込め大いに盛り上がっていったのでした。
 各界の皆様から励ましの言葉や決意が語られ、最後には映画の中で素晴らしいアコーディオンの技を発揮してくださった松永さんの伴奏で歌われた一肇君の澄み切った「お菓子と娘」の歌声が参加者の胸を打ち、盛り上がった交流会は「東京ラプソディ」の大合唱でその幕を閉じたのでした。
 スタッフ、キャストの皆さん、残された撮影を無事終えられます様、もう一頑張りお願い致します。
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<ロケ弁・バレベン・そして炊き出し>

30日間にわたって家族と離れ、ホテル住まいを続けながらロケーションにのぞむ
スタッフにとって唯一の楽しみは食事。
 しかしながらロケは早朝から夜間にまで及ぶこともしばしば。
 結果的に三食の食事はそのほとんどが「ロケ弁」と称する仕出し屋さんに持ち込んでもらったお弁当となります。
 たまにロケが早めに終わった日の夕食は、現場のプロデューサーが一食相当のお金を渡して街の食堂で自由に食べてもらうことも。
 これを「バレメシ」と云うそうです。
 こんな食生活を続けているスタッフにとって、ロケ地の方々が心を込めてふるまってくれる「炊き出し」はまさに福音、更なる撮影へのエネルギーも湧いてこようと云うものです。
 登米市で行われたロケでは、地元の「応援する会」が総動員で地元の食材をつかった“炊き出し”でスタッフをねぎらってくれたのでした。
 この昼食には地元の郷土料理“はっと汁”も登場し、スタッフのお腹だけでなく、心も暖めてくれました。
 登米市の皆さん、本当に有難うございました。 
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