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西村先生ご一行様、いらっしゃいませ

 10月19日、20日の石巻のロケ地は、時ならぬ地域間交流の暖かい風が吹き抜けたのでした。
 事の始まりは、7月30日に行われた、映画「エクレール・お菓子放浪記」製作と上映を支える宮城県民の会の発会総会にゲストとして原作者の西村先生がご出席されたことからでした。
 県民の会が広く横に手をつなぎこの作品の製作上映運動をおこそう、との宮城県民の熱い思いに西村先生は大感激をされたのでした。
 お住まいの静岡市にお戻りになられて、この宮城の様子を周りの方々にお伝えしたところ遠く離れた宮城で、知事もその先頭に立って運動を起こしたのであれば、原作者がお住まいの静岡でも支援する運動を起こそう、とのご相談となり、<映画「エクレール・お菓子放浪記」上映を支える静岡の会>の早々の発足となったのでした。
 会の活動についてご相談がされ、とにかくこの原作がどんな人達の手で、どのようにして作られているのか、ロケ地の見学を行おうと今回の石巻へのツアーとなったのでした。
 ご到着当日のロケはなかなかの名シーンの撮影中、旅回りの一座から離れ、一人石巻から東京へ徒歩で向かう主人公アキオと座員との別れのシーンでした。
 精一杯の思いでアキオ役をこなす一肇クンのけなげな姿に一同感激。
 西村先生のお仲間からは、“先生は子どもの頃可愛かったのネ”との声も飛び出し、楽しいそして感動的なロケ見学の一幕でもありました。
 その後、場所を移して石巻の応援する会主催の歓迎会、そして、更に松島の宿での夕食には、林隆三さん、三上寛さんが、お忙しい撮影スケジュールをぬってご参加してくださり、お二人からは何と、感動の生歌のプレゼントまで。
 夕食会場は時ならぬ「豪華ディナーショー」と化したのでした。
 静岡の方々、本当にご苦労様でした。
 こんな心をつなぐ輪がもっともっと大きく全国に拡がる・・・。
 そんな夢を描かされた二日間の交流でした。
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感動の歌声が富谷のオープンセットに

 宮城県富谷町につくられた戦後の焼け跡のオープンセットには、平和と人の世の幸せを願う透明な歌声が響き渡ったのでした。
 富谷町の願いを受けて近藤監督と主演の一肇君とのトークショーがオープンセットを会場に行われたのは10月9日のことでした。
 この作品製作に向けた思いや主役としての緊張の弁が語られた後、監督の配慮で作品の中で主人公アキオが歌う「お菓子と娘」(西条八十作詞)のご披露となったのでした。
 一肇君がこの歌を歌い始めるや、一転、会場はまさに水を打ったような静けさとなり、観客は思わず背をのばし、身を乗り出してこの歌声に聞き入っていったのでした。
 不思議な感動が会場を包み、歌声に聞き入る少なからぬ観客の目からは涙が流れ、中には両の手を合わせるご婦人の姿さえ私の目に飛び込んできたのでした。
 暗い話題が相次ぎ、行く先の未来に必ずしも希望を抱けなくなってしまったような今日の社会・・・。
 それでも人は心やさしい未来に向けた熱い願いを持ち続けているのかも知れません。
 一肇君の澄み切った歌声は、人の心をそんな思いにさせるに充分な力をもって富谷の空に響き渡っていったのでした。
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吉井一肇クンのちよっといい話

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この作品の成否を分ける大きな要素の一つが主役のアキオ役をつとめる少年のキャラクターによることは論をまたないところでした。
 きっとこの役にピッタリの子どもがいる筈だと、何度かにわたるオーディションの結果
私たちが巡り合ったのは吉井一肇クンでした。
 東宝芸能所属の11才(小5年)の少年は、まるで女の子の様な、かれんな姿を私たちの前に現してくれたのでした。
 ご両親の思いを体現したような折り目の正しい外見から発せられる確かなセリフは、まさに天性のものでしたし、彼の口から流れる「お菓子と娘」の透明な歌声は、私たちを納得させるに充分なものだったのでした。
 まさにシンデレラボーイとなった一肇君のお母さんが、後日語ってくれたエピソードは、私たちを泣かせてくれたものでした・・・。

「 主役確定の一報が入った時、普段は涙を流すことのない一肇クンはその目を涙でいっぱいにしたそうです。
 その数日後、彼はお母さんお前に立ってこんなことを言ったのでした。
 “お母さん、僕はこの映画の原作本を読んでみたんだよ。僕は生まれてからずーっといつでもお父さんやお母さんがそばにいてくれたね。でも僕が演じることになるアキオは「孤児」という、お父さんもお母さんもいない少年なんだ。僕は考えたんだ、今度ロケで30日間宮城へ行くんだけど、僕はこの役になりきるため、一人でロケに行ってみようと思うんだ、だからお母さんはついてこなくていいヨ。”
と彼は語ったのでした。 」

 あの、かれんな少年が語った何と素晴らしい役づくりの姿勢に、スタッフ一同感激の涙であったのでした。
 そして彼は今、ご両親から別れ一人でアキオと向かい会っているのです。

いよいよクランクイン

 10月11日、秋風にそよぐ音もすがすがしい、一面のヨシ原が広がる北上河口で、映画「エクレール・お菓子放浪記」いよいよクランクインの日をむかえました。

 私たちの行く手を暗示するかの様な晴天に恵まれた北上河畔にはスタッフ、キャストを励ますような、監督の“ヨーイ、ハイ!”の声が響きわたっていました。
 この日の撮影は、野田フサノ(いしだあゆみ)に引き取られ、感化院からフサノの家へ舟で向かうアキオが、やはり舟で感化院に向かう半年前の自分と川で交差する幻想的なシーンの撮影でした。
 日本一といわれる川一面に広がるヨシ原が、不思議な雰囲気を作り出し、絶好の絵が撮れたと、ご機嫌な監督の言葉は、この作品の素晴らしい完成を予感させるものでもありました。
 今日から始まった30日間の撮影の無事を心から祈った撮影初日でした。
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キリンビール様有難うございます

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 この映画のロケは30日間におよびます。
 その間、スタッフ、そして主演の吉井一肇君は石巻のホテルに合宿生活となります。

 朝早くから夜おそくまで続く撮影をスムーズに送ってもらおうと、キリンビール様から
暖かい差し入れのお申し出がございました。 
 緑茶やビールなど、何と総計4320本に登る飲み物のご提供を申し出ていただいたのでした。
 スタッフ一同大喜び。
 10月9日には、キリンビール様からの贈呈式も行われました。
 この心のこもった暖かい差し入れはきっとスタッフ、キャストの心も大いに潤してくれるものと思います。 
 キリンビール様、本当に有難うございます。

大学生が映画製作に参加、大奮闘しています

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学都仙台にはいくつかの大学があり、数多くの大学生が自らの未来を拓くべく学問に励んでいます。
  映画「エクレール・お菓子放浪記」の製作の情報が
そんな大学生のもとに届き、とても有難い彼らからの製作
支援の手が寄せられています。
  手が挙がったのは、東北大学大学院で都市建築
デザインを学ぶ学生たちと、尚絅学院大学廣瀬ゼミで
映画全般を学ぶ学生たちからでした。
  直接、学生たちとお会いして、どんなことが出来るか
語り合う中で、単なる撮影現場の手伝いだけでなく、この際、
トータルに映画を学ぶ場にしようと夢はふくらみました。
  今、最初に彼らが担当しているのは美術の制作現場です。
  富谷町に戦後の焼け跡と、主人公が働く映画館の
オープンセットを作ることになり、ここに毎日、
学生たちが通い美術のプロのスタッフと一緒に汗を流しながら、オープンセットの制作に携わっています。
  美術のスタッフは“学生の手伝いがなかったらとてもこのスケジュールではつくりあげられなかった。とても助かっています。”と
  学生たちからは“一つ一つ時代考証をしながらつくりあげる美術のセットと、プロの方々からのお話が、とても勉強になっている”
  こんな声が寄せられています。
  クランクイン以降は、撮影現場にもスタッフとして入ってもらい、更に完成以降は上映の成功に向けた活動もしてゆこうと、若い彼らの夢は大きく拡がっているのです。


「エクレール・お菓子放浪記」白河市ロケーション

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映画「エクレール お菓子放浪記」の東北ロケが10月8日(金)スタート致しました。
場所は福島県白河市 南湖公園にあります千世の堤の松並木。
白河藩主 松平定信が造園した日本最古の公園だけあって、実に風向明媚なところであります。四季を通じて散策してみたくなるところです。今年は紅葉が期待出来そうですねえ。

早朝、東京を出発したロケ隊の車が現場に到着したのは9時半過ぎ。天気はやや曇り空。
重い機材をおろしての準備が整ったのが10時過ぎ。いよいよ撮影の幕が切って落とされました。
近藤明男監督が惚れ込んだ松の木の風景を取り入れ、湖面を背景に撮影。
東京から放浪してきた主人公 アキオ少年が旅廻り芝居の一座と巡り合うシーン。
 演じるのは吉井一肇(よしいはじめ)君。
筆者はその演技を初めて拝見したのですが、その演技力に脱帽!微妙な表情の表現、その存在感、いやもう立派!これは楽しみな逸材です。


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北海道 砂川にも運動の輪が

29㎞におよぶ日本一長い直線道路で有名な北海道砂川市に「エクレール・お菓子放浪記」製作上映支援の市民組織がその産声をあげました。
 砂川には、この直線道路を挟んで、多くのお菓子屋さんが店を開き、心を込めて市民にお菓子を届けてきていました。
 いつの間にかこの道路は「スイートロード」と呼ばれる様になり、町おこしのポイントともなっていました。
 こんな砂川市から「エクレール・お菓子放浪記」のエンディングを是非ともここで撮影して欲しい・・・との熱い願いが伝えられて来ていたのでした。
 
 ことの発端は、近藤監督の前作「ふみ子の海」の砂川上映が大成功をおさめ、舞台挨拶に砂川を訪れた近藤監督から次回作の構想が語られたことからでした。
 「エクレール・お菓子放浪記」のエンディングを是非砂川で撮影してもらおう・・・。
 こんな声は、いつの間にか砂川の各方面に拡がり、熱心な誘致活動は広がっていったのでした。
 こんな声は製作委員会の耳に届くこととなり、撮影地は無事砂川に決定し、この度の
製作上映支援の市民組織の発足となったのでした。
 当日は、名誉会長につかれた砂川市長をはじめ、各界の方々が一同に会し、映画を通した町めぐりの夢は夜が更けるまで語られたのでした。

 次の課題は、砂川から全道へ・・・。
 砂川の皆様、よろしくお願い致します。

静岡にも運動の灯が

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 9月23日、やっと酷暑もいくらか和らいだ静岡駅前の食堂には、映画「エクレール・お菓子放浪記」を県内一人でも多くの方々の胸に届けようと、熱い思いの7名の方々が集まりました。
 事の始まりは、7月30日、仙台で行われた製作発表会と県民の会発会総会に原作者西村先生がご参加になられたことからのことでございました。
 宮城の地で、県知事を先頭に支援の会を発足させ、数多くの県民の心を横につなぎながら、まさに県民運動として映画を製作し、宮城から全国へ発信しようとの願いに、ご参加の西村先生は、まさに子どもの様に感激して下さったのでした。
 お住まいの静岡に戻られ、回りのご支援者の方々にこの思いをお伝えしたところ、遠く離れた宮城で、そんな素晴らしい運動が始まるなら、原作者がお住まいの静岡でも運動をおこそう・・・との合意となったのでした。
 この場には、仙台からプロデューサーの鳥居も参加し、静岡での上映運動展開の夢は、大きく拡がって行ったのでした。
 「エクレール・お菓子放浪記」が描く夢は、一歩一歩、全国に拡がりはじめている様です。

<東北からの出演者決定>

〈東北からの出演者決定〉

 東北の心を一つにあわせ、“人の心のやさしさ”ともども全国に送り届けようとの
願いは更に大きく拡がり、東北の方々にも出演者として(エキストラではありません)ご出演いただこうと、広く募集が行われました。
 幸い、東北各県から450名に登る方々のご応募があり、二次にわたる審査を経て、9月15日出演者の発表会が仙台で行われました。
 この場には、各県から選出された29名のうち22名の「役者さん」がご参加になり、  
交々によろこびと決定の弁が語られました。
スクリーンの中に、きっと素晴らしい演技を披露して下さることと思います。
お楽しみに・・・。
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